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平成22年6月4日(金)
11:00〜12:00 通常総会
13:00〜14:00 特別講演
14:00〜17:30 シンポジウム(資料代3,000円)
※シンポジウム後に意見交換会を開催いたします(会費5,000円を予定)
4.5時間(特別講演およびシンポジウムを聴講の場合)。
総会の構成員は役員および代議員ですが,当学会員あれば誰でも総会を傍聴することができます.
テーマ:「地すべりの初生と初生地すべりについて」 地すべりの初生と評価に関する研究小委員会
一般社団法人 日本応用地質学会
社団法人 日本地すべり学会
地すべりの初生と評価に関する研究小委員会
近年の問題として,過去に滑動した経験のない初生すべりが注目されるようになってきた.初生すべり は,地形的に不明瞭であるため抽出が困難であることが多く,その定義についても様々な議論がなされている.当委員会では,"地すべり面が概ね全面にわたって連結した時点"を持って初生地すべりの発生と定義し,そこに至るまでの現象を幅広く"地すべりの初生"ととらえ,事例紹介および研究を行ってきた.その中で,初生地すべりの事象および各委員の経験・知識,解釈による初生地すべりに対する多様な意見や見方があることが改めて浮き彫りになってきた.本シンポジウムでは,委員会で議論を重ねてきた"初生地すべり"および"地すべりの初生"に関する事項ついて,現在までの成果を紹介しつつ,議論を深めていくことを意図するものである.
特別講演 | |
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13:00-14:00 | 初生地すべり解剖学 千木良 雅弘(京都大学防災研究所) |
シンポジウム | |
13:00-14:00 | 1.はじめに -地すべりの初生と評価に関する研究小委員会の概要- 竹下 秀敏(アイドールエンジニアリング株式会社) |
14:10-14:35 | 2.初生地すべりとその発生プロセスに関する概念 野崎 保(株式会社アーキジオ) |
14:35-15:00 | 3.付加体地すべりにおける地すべりの初生と初生地すべり 横山 俊治(高知大学) |
15:00-15:10 | 休憩 |
15:10-15:35 | 4.岩盤斜面の地すべりの発生に関する事例研究 小俣 新重郎(日本工営株式会社) |
15:35-16:00 | 5.長大法面掘削の際に生じた変状 -初生地すべりの視点から見る- 阪元 恵一郎(独立行政法人水資源機構) |
16:00-17:30 | 総合討論 司会:永田 秀尚(有限会社 風水土)・上野 将司(応用地質株式会社) |
その他の予稿集掲載論文(当日の講演はありません)
6.地すべりの分類とその初生
中村 浩之(東京農工大学名誉教授)
7.バランス断面法の重力変形帯への適用 -山梨県北部・風化花崗岩の例-
小坂 英輝(東北大学,株式会社環境地質)
鵜沢貴文・稲垣秀輝・齋藤華苗(株式会社環境地質)
8.地すべりの初生に関連する用語・用語法について
永田 秀尚(有限会社 風水土)
竹下 秀敏(アイドールエンジニアリング株式会社)
当研究小委員会の目的および検討内容の報告を含め,委員会としての『地すべりの初生』についての考え方,定義について,様々な議論がなされた中での現在の到達点について,その概要を紹介する.
野崎 保(株式会社アーキジオ)
「地すべりの初生と評価に関する研究小委員会」で扱う「地すべり」という概念は,「すべり面を有する斜面変動」ということを前提としている.したがって,小論においても地すべりという用語は,狭義の意味において使用し,広義においては斜面変動という用語を用いることとした.本委員会では,初生地すべりに関する様々な事例報告があったが,岩の硬軟・岩質・地質構造・地質時代・地域性等様々な要因による発生形態や発生過程の相違点をどのように理解しまとめていくのか,地すべりの「初生」をどう定義づけるかといった課題が生じた.さらに,筆者は地すべりの発生因子すなわち素因・誘因といった概念を図解したが,多くのご批判を頂くこととなり,様々な見解がありうるという問題が生じた.しかしながら,委員会内での議論の過程において,初生地すべりの定義に関しては,概ね一致した見解が得られた.すなわち,初生地すべりの発生を「地すべり面が概ね全面にわたって連結した時点」と定義することで,大方の一致を見た.したがって,前駆現象は斜面変動の一形態ではあるが,初生地すべりの範疇には含まないということになる. ここではこうした議論を背景に,初生地すべりやその発生因子というものをどう捉えどう定義するのかといった課題について,現時点での講演者の見解をまとめ会員諸氏のご批判を仰ぐことにした.
横山 俊治(高知大学)
硬岩からなる付加体地すべりは,軟岩からなる第三紀層地すべりと違って,不安定化が尾根付近から始まり,地すべりの初生が尾根の裂け目となって現れる.裂け目には,岩盤クリープ型と地震時ノンテクトニック型とがある.岩盤クリープは地すべりの初生そのもので,初生地すべりは破砕帯地すべり(地すべり性崩壊)である.地震時ノンテクトニック型の裂け目は必ずしも地すべりの初生ではないが,後日特定岩相にすべり面が醸成されると,徐動性地すべりに進展する.
小俣 新重郎(日本工営株式会社)
道路,鉄道,ダムなどの社会資本や住居,建物に被害を与える事象として,予測が困難といわれる岩盤斜面における地すべりについて,その発生に先立つ岩盤斜面の変形とこれに引き続く地すべりの発生に関する機構など,事例をもとに紹介する.
阪元 恵一郎(独立行政法人水資源機構)
ダム建設時における長大法面掘削の際に生じた変状の事例についてレビューし,初生地すべりの視点で考察した.複数の変状についてそのメカニズムを概括すると,力学性コントラストのある複数種の地質からなる地山に大規模掘削による除荷の誘因が加わり,表層部のゆるみが生じ,それに重力による斜面下方への変形が進行し,トップリングやクリープが生じるというものであった.これらは,自然斜面における地すべりの初生が促進的に進行している現象を捉えていると考えられる
平成13年の北海道北陽地すべり,平成16年の新潟県中越地震に伴う地すべりなど,近年発生している地すべりの二割弱は,過去に滑動経験のない初生地すべりといわれている.地すべり初生箇所は地形的に地すべり地形を呈さず,また,地すべりの初生が予測されたにしても現状の安定性を定量的に評価する方法がないため,未対策のままである場合がほとんどで,時に甚大な災害をもたらしている.このため,地すべりの初生箇所の地形・地質の特徴を検討して,初生地すべりを含めた地すべりの抽出法を確立し,抽出された地すべりの地形・地質条件に応じた運動様式や現状の安定性を推定し,調査法や解析法を確立することが急がれている.
このような背景から,地質・地すべりのみならず地形や工学を含めた幅広い分野から地すべりの発生素因や斜面変動過程を解析してその実態を明らかにし,地すべり初生箇所の抽出法や調査法,安定度評価法などについて研究を行う委員会(「地すべりの初生と評価に関する研究小委員会」中村浩之委員長)を平成17年に設立し,ここにこれまでの研究成果の一部を発表することになった.
発表に先立ち特別講演としては「初生地すべりの解剖学」と題し,京都大学の千木良雅弘教授に,最新の機器を駆使し初生地すべり全体を解剖したことによる新しい知見を講演していただいた.
各講演の概要は以下のとおりである.詳細は特別講演およびシンポジウム予稿集としてまとめられているので是非ご一読いただきたい.なお,予稿集の購入に際しては,学会事務局までお問い合わせ下さい.
千木良 雅弘(京都大学)
本講演では,人体ではなく初生地すべりに対しての「解剖学」とはどういうことなのか,解剖するための最新の道具とは,道具を使って分かった重力斜面変形から初生地すべりへの移行過程,地すべりの初生を認知するためにすべり層を含む詳細な観察を行う意義,重力変形−初生地すべりを扱う場合の留意点について順に述べられた.以下にその概要を記載する.
先ず初生地すべりにおける「解剖学」とは,地すべりの広がりや,細部・深部構造について従来はやむを得ぬ「推定」をされていたものが,新しい道具を得て,可視できる事実として「確認」できるようになったことである.このことは正に地すべりを解剖し多くの情報を得ることができる新しい手法と位置づけられたものである.
この解剖学の立て役者たる新しい解剖道具とは,大きく次の3つがある.第一に,良く切れる「メス」として地すべり変形がもたらした岩盤の破砕状況を殆ど乱さない状態で可視化する改良気泡式ボーリング工法であり,第二に植生が被っていても「透視」する地表地盤面の微地形を連続3次元で表現できる航空レーザー計測であり,第三に地山深部を定方位で直接観察できる「内視鏡」としてのボアホールカメラである.また第四の道具としてこれらの情報を統合して示すことのできる電子化でありGIS化である.
このような最新の解剖道具を使って分かったことはどのようなものであろうか.先ず初生地すべりが発生する前の状態として重力斜面変形があることを示された.この変形が明確に認識されるようになったのは1963年のイタリア,バイオントダム貯水池に発生した巨大な地すべりである.一般に地すべりは頭部・側部が明瞭に地山と区別できるが,初生地すべりの前現象としての重力斜面変形は,主部は実際に変位しているにも関わらず,側部やその一部はまだ地山と一体として区別できない変形である.この変形は海外では「山体がすべり面がなくてもクリープによって連続体とみなせるような変形をすること」Sagging(サギング)として報告されているが,このような変形を「重力斜面変形」と講演で呼び,初生地すべりと区別しつつ初生地すべりの前現象として,このような山体変形も新しい道具を得て今後研究を進めることが重要であることを示された.
この重力斜面変形の事例として先ず露頭および広域の地表面微地形可視化から分かった,岩盤の座屈・曲げ・すべりの変形について台湾高雄県小林村での事例写真や,実際の変形を観察したスケッチにより,頭部で地山と分離を始めた変形であっても末端部では曲げ状態,座屈状態として分離していないものがあることを示された.次に地すべりと重力斜面変形が生じている実際のボーリングコアでの事例について述べられた.実際のボーリングコアではこれまでの観察手法では大きく地山が破砕されているゾーンを移動体と呼び,その直下の破砕面を地すべり面として判定することが多かったが,不連続面の破砕程度を6段階で区分し関連する複数の孔で比較することにより,まだ「つながっていないすべり層」−重力斜面変形段階であることを示唆する事象を区別できることを述べられた.
まとめとして,可視化できた詳細な情報を基に山体変形や地すべりを扱う場合の留意点は,「変位速度」と河川の「下刻速度」の両方を考慮すべきことであり,非常に緩慢な変位速度で有る場合,変形が進行している間に地形自体も変化しその結果,内部の構造自体も更に変化するため,十分にその点を考慮して検討する必要を訴えられた.
質疑応答では,破砕状態が進む機構について活発な議論があった他,今後は「地すべり解析において単にすべり面を探すのではなく,山体変形の可能性も視野に置いて地山を広く深く詳細に観察する大切さについて学んだ」などの反響があった.
竹下 秀敏(アイドールエンジニヤリング株式会社)
研究小委員会の活動について分かりやすい図版をまじえながら紹介された.内容は,初生地すべりの定義,地すべりの初生とは,地すべりの分類要素について委員会で研究を行う上でのコンセンサスを先ず述べられ,本シンポジウムでの発表テーマについて紹介されたものである.
初生地すべりの定義として,全面にわたってすべり面が連続した時点を言うこと,地すべりの初生としては(1)重力による変形が始まってから初生地すべりとなるまでの期間あるいは移動,(2)初生地すべりと判定し得ない不確定要素の大きな斜面の状態を言うことを示された.
委員会としての今後の展望では,活動のゴールは一つの結論としてまとめるのではなく,委員会の中である程度共通の認識の得られた定義等の範疇の中で,それぞれの委員の研究成果を集約するような形を考えていることを述べられた.
また今回の発表テーマは,多義にわたっているが,いずれも,「初生地すべり」,「地すべりの初生」に特化した研究成果であり,今後の委員会において,更に整理・検討していくテーマであることを述べられた.
野崎 保(株式会社アーキジオ)
地すべり発生因子としての素因・誘因を図解し,相互に関連しつつ変化していく因子およびその関係を説明された. その中で先ず発生因子については次の分析を示された.発生因子には物質因子(内部構造等)と環境因子(温度等)があり,物質因子に環境因子が作用することで素因が生まれること.地形は斜面変動の結果であり内因ではないとの知見があるが,外因としての環境因子群に間接的に影響する因子(間接的外因)として捉えることができること.環境因子群による物質因子群の時間的変化は,中長期的な変化であり,次第に臨界状態(安全率Fs=1.0)に近づくこと.その中で臨界状態を越えさせる誘因(この誘因は特にトリガーと呼ばれる)が作用した時点で初生変動に至るものは誘因型と称され,クリープ現象のような顕著な誘因がない変動は素因型と区分されることを述べられた.また誘因とは,繰り返しの作用によって斜面の安全度を段階的に低下させる働きをする事象であることを示された.
また特別講演でも触れた初生地すべりとその前駆現象について委員会では,「地すべりはすべり面を有するものとし,破壊様式がほぼセン断破壊のみとなった時点,すなわち地すべり面が概ね全面にわたって連結した時点をもって地すべりの初生とする.それ以前の前兆現象はまだ潜伏期の段階のものであり,斜面に現れた現象は前駆現象とみなすべきものである」という大方の見方であることを述べられた.
横山 俊治(高知大学)
ほぼ付加体から形成される四国山地に発生する地すべりについて発生機構について研究成果を紹介されたものである.
発表では,四国山地の地すべりがいわゆる「破砕帯地すべり」と呼ばれること,いわゆる「第三紀層地すべり」とは異なり,すべり面末端が離水し,河川の侵食を受けなくても滑動することが特徴であることを述べられた.
地すべり初生の手がかりとして,標高400mを越えると増加する線状凹地(尾根の裂け目)が着目され,その原因は長期的なクリープによるもの,または地震動による引っ張り破壊によって発生したものとの分かれ,前者は岩盤クリープ性傾動型,後者は地震性ノンテクトニック断層型と称されることを述べられた.地震動が尾根部で大きく影響する理由として,尾根部では地震動が増幅されること,S波は尾根に平行な方向で揺れやすいことを挙げられた.
終わりに,初生地すべりの発生について,先滑動期に長期にゆっくりと風化・劣化が進行し,あるところで重力変形が開始され(地すべりの初生のはじまり),重力変形の進行によって内部構造の塑性変形が限界に達し,初生地すべりが発生するプロセスを図解で説明された.
小俣 新重郎(日本工営株式会社)
講演者の携った事例をもとに予測が困難といわれる岩盤斜面における地すべりについて,その発生に先立つ岩盤斜面の変形とこれに引き続く地すべりの発生に関する機構などについて報告された.講演では,(1)河川の浸食による遷急線の形成,(2)長時間にわたるゆるみに伴う地形の特徴,(3)岩盤斜面の地すべりに先立つゆるみ,(4)岩盤斜面の地すべりの発生について,事例をもとに考えを述べられた.(1)では,浸食以前の地形を表す切峯面図と現在の遷急線の関係から,広域で分布する遷急線は河川の浸食速度が速まることで形成されることが想定され,流域の遷急線の分布から河川の浸食状況が明らかになるとしている.(2)では,浸食が進んでいない岩盤斜面では,長期にわたりゆるみや風化が進行している可能性がある.長期間のゆるみの進行では,線状凹地,山腹緩斜面,段差地形などの微地形が地形的な指標として重要であることが示された.(3)では,地すべりに先立つ岩盤斜面のゆるみの地質的な指標は,透水性が基盤岩の難透水に比較し,ゆるみ範囲で極端に大きいこと,自然地下水位がゆるみ範囲以下であること,弾性波速度がゆるみ範囲では2km/s程度以下であることの3点に集約されるとしている.(4)では,斜面内部の岩盤強度や不連続面の存在などの岩質・地質構造の要因に加えて,長期にわたる山体の隆起や河川等の浸食による斜面の応力状態の変化が,地すべり発生以前の要因として重要であることが示された.さらに,講演では岩盤斜面の地すべり発生に先立ち,長期にわたるゆるみが斜面内部の地質不連続面でのすべりに伴って生じることを,流れ盤斜面と受け盤斜面の事例で示された.また,地すべり発生の初期段階の事例について精査することで,地すべり発生の直接的な原因は河川浸食,降雨,地震,斜面末端部の掘削・湛水などであり,地すべり発生までの塑性変形量は地質構成による脆性や延性の違いに依存しているとの考えが示された.
阪元 恵一郎(独立行政法人水資源機構)
本講演では,ダム建設に伴って長大法面を掘削した際に発生した4つの変状事例(A〜D斜面)について変状の経過と機構を紹介するとともに,初生地すべりに関して今後取り組む課題について考えを述べられた.変状事例の紹介では各事例を検証することによって,定性的には(1)上載除荷による応力解放とリバウンドによる岩盤表面のゆるみの発生が一次的な原因.(2)流れ盤の方が変状の規模が小さい.(3)法面の応力が集中する法尻に弱層(力学性が劣るもの)が存在すれば不安定化しやすい.(4)法面の平均勾配が急なほど,自然斜面からの改変の影響が大きくなり,変状が深くなる.(5)法面表面からみて変状範囲の深さが最大となる箇所は,掘削前の地表面から深さが最大となる箇所(すなわち最大除荷箇所)とは必ずしも一致しない.(6)地下水が関与する.以上のことが言えるとしている.また,長大法面の変状現象と自然斜面における初生地すべりを比較した場合,地盤,岩盤の力学的性質が時間スケールによって変わるため,生じる現象を単純には比較できないとしながらも,以下の点を指摘している.A,B斜面において見られた表層付近のゆるみは,自然斜面における削剥除荷でも継続的に進行しているはずである.このような現象が生じている斜面では,長い時間スケールからみれば,地表面付近のゆるんだ岩盤の小崩壊が断続的に発生することにより斜面全体は力学的に安定を保ち続け,長大法面掘削時のような急激かつ大規模な初生地すべり的な変状は生じないと想像できるとし,これら事例の斜面周辺においては,「ある程度まとまって岩盤が不安定化する」と考えられる地すべりは存在しないとしている.一方,近隣に地すべりが多く存在するD斜面の事例では,変状機構が周辺の地すべりの発生と対応するかどうかは現時点では不明であるが,今後取り組むべきテーマとして考えられるとしている.また,このような視点に立って,既往の長大法面の変状事例を再検証することによって,初生地すべり発生の場についてのさらなる議論が進むことへの期待が述べられた.建設工事や防災に携わる技術者にとって,初生地すべりの発生を事前に予見することは,実務上,非常に重要なテーマである.発生しそうな場所については,前述したような取り組みが期待される一方,時期も含め発生するかどうかについては,現状では非常に難しい課題であるのが事実であるとしている.今後,掘削法面のみならず,自然斜面における初生地すべりについての数値解析による検証事例の蓄積と,それからのさらなる考察と議論が望まれると結んでいる.
コーディネーター:上野将司(応用地質),永田秀尚(風水土)
総合討論に先立ち,「地すべりの初生と評価に関する研究小委員会」の中村浩之委員長,小坂英輝委員,永田秀尚委員から知見の紹介があった.順に記載する.なおこれらの知見についても予稿集に掲載されている.
地すべりの分類と初生
中村 浩之(東京農工大学名誉教授)
予稿集で紹介された知見の内,発表では次の2点について説明された.
先ず斜面変動形態に関する英訳についてでは,大きくマスムーブメントとしてまとめられる変動では,フロー(flow)があるがこれは内部構造の連続性を持たない一団となった変動であり土石流等が該当する.日本でいわゆる「地すべり」とは,fall(落下),slide(すべり),topple(転倒),non-rotational(非回転),lateral-spreading(側方流動)を指している.
次に地すべりの発生要因として,クリープがあるが,クリープと称しても実際にはその速度(変形させる載荷速度)がどの程度かによって,これを受けた物質の挙動は大きく異なることを踏まえて,慎重に使用すべきであると述べられた.その理由はクリープとは長期的な重力による下方への変動であり,この変動が地すべりの初生を考える上で重要であるからである.ただ地すべり斜面で認められた変形や変状はクリープだけでは説明できない.斜面の構成する岩石などの風化や変質,地下水変動などに伴う応力変化,地震による急速載荷などによる斜面の変形や破壊の進行を考慮しなければならないことが多いことを踏まえた上でクリープが地すべりにとって非常に大きな要因であることを理解して欲しいと述べられた.
バランス断面法の重力変形体への適用 -山梨県北部・風化花崗岩の例-
小坂 英輝(環境地質,東北大学)ほか
地すべりのすべり面はどこにあるのか,を解明することを目的とし,移動体の断面積が移動直前の面積にほぼ等しい事象を複数例紹介し,移動直前の地形を復元することによりその面積バランスにより移動体の底面深さを推定することができることが述べられた.バランス断面法が,構造地質学的なツールだけではなく,地すべりなどの重力変形体の内部構造やすべり面の形態や深度を求めるツールとしても利用できることを提案した.
地すべりの初生に関連する用語・用語法について
永田 秀尚(風水土)
重要な用語として,「クリープ」「規模」「ゆるみ」「重力変形」「ノンテクトニック構造」等について,用語の不確かさがあり,注意して使用すべきとの発表があった.
「クリープ」
クリープと言っても変位速度がどの程度であるのかが不明な場合は,見た目の現象がクリープによるものなのか,別の要因で生じたものなのかは正確には判定できない.また過去にクリープが生じたとしても現在も進行しているものか,地形条件が変化して停止しているものかも被覆層等の状態をよく観察し慎重に判断する必要がある.
「規模」
「大規模な・・・」と安易に使用する例が多いが,どこから大規模で,どこからが小規模であるのか定義を明示すべきと考える.
「ゆるみ」
岩盤のゆるみ,尾根部での地山のゆるみ等,良く使用される用語であるが,どのような事実をもって「ゆるみ」と判断しているのか,定量的に何がどのくらい劣化していて「ゆるみ」と表現しているのか,あいまいに使われることが多く,使用者の「ゆるみ」の定義を明示すべきと考える.
「重力変形」
クリープは時間の概念を有しているが,重力変形には時間の概念が無く,また地山とくっついているか分離しているかの別もない,重力による広義の地形変形用語として使用できる.
「ノンテクトニック構造」
テクトニックな構造の対面にある用語だが,時間,規模について定義されていないため,ノンテクトニック構造を単に,地殻応力による変形ではなく重力による変形と称し,区別を試みたとしても,重力によって対流・沈み込む海洋プレート等の重力移動地質体をノンテクトニックではないとは厳密に言えなくなる.このようなことを踏まえて定義した上で使用することが望ましい.
討論
先ず,初生地すべりの定義について「地すべり面が概ね全面にわたって連結した・・・」とあるがどの事実を持って「連結した」と判断するのかについて質問があり,この点は委員会内でも議論があり,定義としては見解が一致するがその状態を観測することは難しく,複数の調査孔,移動体全体の外形を鑑みて総合的に判断するしかない旨の回答があった.
また初生地すべりの研究の進展には,露頭やコアの詳しいスケッチ・記載が不可欠であり,この技術は応用地質学の主軸であり,今後学会が先頭で行っていくべきことである旨の発言がパネリストからあった.
(文責:緒方信一・辻本勝彦)
事業企画委員会
『平成22年度 特別講演およびシンポジウム予稿集 テーマ「地すべりの初生と初生地すべり」』に掲載された写真と図表 に,印刷の不鮮明なものが多々見られました.予稿集をご購入いただいた皆様ならびに執筆者の皆様には多大なご迷惑をおかけいたしましたことをお詫び申し上げます.今回,印刷が不鮮明であった写真・図表につきましては,オリジナル原稿の写真・図表を下記からダウンロードできるように致しました(ただし,他学会誌等から引用された写真および図表は省かせていただきます).
今後は,印刷の質の向上や電子ファイル(CD-ROM)の添付等も視野に入れ,より一層質の高い会員サービスを心がけていきたいと思います.